三本の神木
その場所は、ちいさな公園のようになっていて、土がこんもりと盛り上がり、三本の木が雄大に伸びていた。
「何でもココ、古い時代には古墳だったらしいよ。ホラ、そこの立て札に書いてあるだろ?」
「え~っと、なになにッス? 昔、古墳だったところに神社が建てられたッスか~?」
絹絵は両手を大きく広げ、木々の発する癒しパワーをシャワーでも浴びるかのように、全身に浴びた。
「なんだか落ち着くッスねえ。まるで故郷のお山みたいッス~」
「実はオレも去年、茶道部の先輩に連れて来て貰った場所なんだよ」
三柱の神々のようにも思える巨木を、渡辺は寂しげな表情で見上げていた。
絹絵は、少し遠慮がちに尋ねる。
「先輩……って、ひょっとしてあの『写真立て』のお人ッスか?」
「絹絵ちゃん…!? 気づいていたんだ?」渡辺は驚いた。
「は、はいッス」絹絵は、伏せ目がちに頷く。
「ご主人サマの過去を、詮索するのはよく無いことッス! ……でもその……あの」
絹絵は、先ほどの手提げ袋の紐を、指に絡めたり、持ち替えたりしていた。
渡辺は、この神聖な場所で、女性に驚かせられるのは実は二度目だった。
絹絵という少女も、幼い容姿ではあるものの、男では気付かない……少なくとも自分なら気付けそうも無い、鋭い観察眼を持っているのだ。
「いや、ゴメン……別に秘密にして置くような、話でも無いんだよ」
渡辺にそう言われても、絹絵は申しワケ無さそうにうな垂れる。
「あの写真は、オレや橋元の一つ上の先輩で、茶道部の前の部長だよ」「部長……さん?」
「先輩の名前は……『千乃 美夜美』」
「……キレイな名前ッスね」
「ああ。彼女はオレより一つ年上で、オレを茶道部に誘ってくれた人だよ……」
「ご主人サマを?」「優しいケド、けっこう天然な女性でさ」
渡辺は、巨木の生い茂る葉っぱの間から見える、空を見上げる。
「茶道部も、去年は千乃先輩やオレも含めて十人くらいいて、今より賑わっていたんだ。」
絹絵は言葉には出さなかったが、疑問符を顔に浮かべていた。
「やっぱ不思議に思った? どうして今は、オレと橋元の二人だけなのか……って?」
「はッ……はいッス」絹絵はうつむき、視線を手提げ袋へと落とす。
「実は……さ。去年の文化祭で火事があってね」「か、火事っスか?」
「当時の茶道部は、部員もたくさんいて、立派とは言えないまでも、庵のような茶室を持っていたんだ」
「ま、まさか、庵が火事になっちゃったッスか!?」
「うん……そのまさか。火事が起きたのが、文化祭の前日だったのもあって、文化祭自体が中止になったんだ」「た、大変だったっスね?」
渡辺は、腕に顔をうずめながら呟く。
「でも、それだけじゃなくって……その時から先輩が……」
「……も、もしかして、千乃先輩まで……?」 絹絵は不安そうに、渡辺の答えを待った。
「わからないんだ」「え? わからない……ッスか?」
「火事のあと、先輩以外の部員全員の無事は確認された。でも、千乃先輩だけは、消防や警察がいくら現場を探しても、見つからなかったんだ」
「そ、それって……」「死体すら、見つからなかった……」「そんな!?」
「謎だろ? ……だから当時は、色んな憶測が飛び交った」「憶測スか?」
渡辺の声が、わずかに震え始める。
「……千乃先輩は、誰かに誘拐された……とか、殺人事件に巻き込まれた……とか……」
「そんな……無責任っス!」絹絵の手提げを握る手に、力が入る。
「茶道部の火事のせいで、文化祭が中止になったってのもあるケドね」
渡辺の言葉の、怒気が強まって行く。
「でも、そんなのはまだマシなほうで……中には……」「な、中にはっス?」
「……火事は放火で、火を付けた犯人が千乃先輩だから、先輩は現場から逃げたんだ! ……なんて言うヤツまでいてさ……」
普段は穏やかな、優等生風の眼鏡男子である渡辺の背中が、今は怒りに震えていた。
その憶測が、一定の道理にかなっている事が、彼をより一層苛立たせる。
「……火事の前、一番最後まで茶室にいたのがオレなんだ」「ご、ご主人サマ?」
「もしかしたら、オレが火を出したのかも知れない。囲炉裏の炭火を消し忘れたのかも……! あの日は香を焚いていたんだ。オレがうっかり……」
渡辺は零れ落ちる涙を、後輩に見られない様に頭を両腕の中に抱える。
「ゴ……ゴメンなさいッス! ご主人サマ……ご主人サマァ~!」
絹絵は渡辺に抱きついて、オイオイと泣いた。
無邪気な好奇心や詮索が、時として鋭い凶器以上に人を傷つけることを、生まれてはじめて学んだ。
「アリガト、絹絵ちゃん……」
渡辺は、絹絵が自分の代わりに哀しみ、泣いてくれている気がして、彼女の頭を撫でる。
絹絵のクセッ毛はポカポカと温かく、渡辺の荒れた心を僅かに落ち着かせた。
「美夜美先輩……先輩も今、どこかで、この空を見上げているのかな?」
大須の空に、茜色の雲が広がっていた。
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