ある意味勇者の物語
次の日、蒼い髪の少年は、生まれ育った教会の扉を潜り抜け外に出た。
「ちょっと舞人、どこ行くのよ!」
後を追ってきた栗毛の少女が、必死に呼び止める。
「言ったろ? ボクはこの教会との縁を切ったんだ。出て行くよ」
パレアナが少年の身なりを見ると、一応は整った旅の服装に、背中には『ゴツゴツとしたパーツのたくさん付いた漆黒の剣』をさしていた。
「なっ、なに言ってるのよ。そんな意地張ること無いじゃない。アンタ一人が増えたところで、食費なんて大して変わらないし、当分はやって行けるんだから!」
「意地……か」
少年は少女が予想していたのとは、少し違った表情を見せる。
「確かそれもあるよ。でも、実はそれだけじゃ無くてさ」
自らの髪の如く、蒼く澄み渡った空を見上げる、少年。
「今回のことでボクは、自分がいかに世間知らずの『間抜け』だったかを思い知らされたんだ。だから一人で、世界を周ってみたいんだ。昔から思い描いてた冒険……とはちょっと違うけどね」
「舞人、アンタどこかで働く気なの? あ、アンタみたいな半人前を雇ってくれるところなんて、今の世の中早々無いんだからね!」
「うん。でもボクもいい加減、今のままじゃダメだって解ってるんだ」
舞人は、パレアナに背を向けたまま答えた。
振り向けば、脆弱な決意など消し飛んでしまうと思ったからだ。
「舞人兄ちゃん、出てくの?」
「すぐに帰ってくるよね?」
不安を感じた幼い弟や妹たちが、青髪の少年に抱きつく。
「いや、何年かは帰らないつもりでいる。働き口を見つけて、仕送りをするよ。だからパレアナ姉ちゃんを頼んだぞ。お前らで力を合わせて、姉ちゃんを助けてやってくれ!」
舞人は、弟たちの頭を力強く撫で、妹たちの頭を優しく撫でた。
「うん、わかったよ! 舞人兄ちゃん!」
「あたし達も頑張るから、舞人も頑張って~!」
弟や妹たちは最初は不安そうな顔をしていたが、最後にはしっかりとうなずいた。
舞人は少し安心して、生まれ育った教会を旅立つ。
晴れ渡った初夏の空の下、少年は大人へと成長すべく世界へと足を踏み出した。
少年は、街の中心へとさしかかる。
「おや? これはこれは」
「破格の値段で、しがない武器屋を買った、『ある意味勇者』さまのお出ましだぜ!」
「ようよう、今度は何をおっ始めようってんだい?」
「『ガラクタの剣』なんか差してよォ?」
彼を出迎えたのは、冷やかな野次だった。
「どうせ、『魔王を討伐する』とか、大ボラでも吹くんだろ?」
「ああ……それもいいかもな。魔王を退治して戻ってくるよ!」
そう答えた少年は心の中で、英雄に憧れた過去の自分と決別し、現実的な道を進む決意を固めていた。
少年は、澄んだ空のように晴れやかな表情で、街を囲む城壁の門を潜り抜ける。
けれども、この時の少年の言葉は、現実となってアソセシア大陸の歴史に刻まれることとなる。
今、勇者に成り損ねた野次馬たちの、罵声(ファンファーレ)によって送り出された少年が、自身すら考えもしない形で凱旋するのは、遠くない未来の出来事である。
後に伝説となる『ガラクタ剣の英雄』による、『ある意味勇者の物語』の幕開けであった。
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