ある意味勇者の伝説
「舞人よ? 金はこれで全部……じゃねえよな? まだまだ他にあるんだろ?」
武器屋の親父は少年を、初めて『間抜け』では無く名前で呼んだ。
「ああ。八億のうち、二億ダオーは生まれ育った教会にくれてやった。多少の恩もあるし、手切れ金ってヤツだ。残りはまあ、色々だ。少しばかり使っちまたけど、『しがない武器屋を買収出来るくらい』は残ってると思うぞ?」
街は、全ての物が美しく見えるといわれる、トワイライトタイムに差しかかる。
青空市場の武器屋も赤く染まり、その前にできた人だかりの中心に、蒼髪の少年は立っていた。
「一つだけ質問させて貰っていいかい? 舞人」
武器屋の親父は、長年通う馴染みの客でさえ見たことが無い、真剣な表情になる。
「お前さん、本気で『シャロリューク・シュタインベルグ』みてーに、なりたいと思っているのかい? シャロリュークって男は、絶対的に強く、太陽みたいに温かく人を惹き付ける。そして、自分を慕う人間を守れるから『英雄』なんだぜ?」
店主の質問が、悪ふざけで無いと感じた少年は、悪態をつくのを止め真剣に答えた。
「確かにボクも、あんな風になれたらいいなって思ったことはある。一度や二度じゃない……知ってるよね? でもボクは、シャロリュークさんみたいに強くも無いし、金も無かった」
「ほう、それで? 今は金はあんだろ?」「うん。確かにあるケド、ボクはあんな風にはなれない……」
「なんだぁ? ちゃんと身の程をわきまえてるッてか?」
(ちったあ、期待してたんだがなあ)親父は、少し冷めた目で少年を見る。
「いや、確かにシャロリュークさんには、なれないってのは解った。けど、ボク自身が『英雄』になるコトはまだ諦めちゃいない! 仲間を集め、いつか平和な世の中にするためにボクは……」
「ぎゃはははは!」「マジで言ってんの?」「コイツ、本気で頭ワリーわ!」
舞人の言葉を、周りの野次馬の大爆笑が遮った。
「うるせえぞ、お前らッ!! オレは大事な客と話してんだ! ウチの商品を買うワケでも無え冷やかし連中は、さっさと酒場に行って酒でも浴びてろ!!!」
親父の一言で、辺りはシーンと静まり返る。
「舞人よ、なら今からやれよ」「え? 今から?」
「そうさ。その金で仲間を集め、パーティーを組んで魔物と戦う為の準備をなあ!」
「そんな……急に言われても」少年は焦った。
「金の遣い方を考えろって言ってんだ。遣うのはワケねえ。一瞬で泡みてえに消えちまわあ!」
「こんな大金が?」「おうよ、すでにけっこうな額を使っちまったんだろ?」「まあ……確かに」
親父の言う通り、舞人はチャリオッツ・セブンの賞金を、かなり使ってしまっていた。
「だからよ、オレの武器屋を丸ごとお前に売ってやるぜ!」
店から出てきた親父は、少年を羽交い絞めにする。
「ええッ? こんなしがない露店の武器屋なんて、要らないって!」
「値段は……そうだな、お前の持ってる残りの金、全額でどうでい?」
青髪の少年は当然拒否したが、既に悪徳商人の術中にハマっていた。
「これは悪い話じゃ無いと思うぜ? お前さんの残りの金が、八億ダオーからいくら目減りしてるかは知らねえが、商品丸ごと付けて売ってやるんだぜ? 陳列棚に並んでる剣も斧も槍も全てお前のモンだ! サービスで、ここで商売する為の権利書まで付けてやらあ!」
「あの親父、賭けに出たな?」周りの野次馬がざわつき始める。
「確かに、一億ダオーでも残ってりゃ、オレら庶民なら一生遊んで暮らせるモンなあ」
「言ったろ、舞人よ。お前さんはいずれ『英雄』になろうって男だろ?」「それが何?」
「英雄ってのは一人じゃなれないぜ。シャロリュークだって、『覇王パーティー』って仲間を集めて結成した最強パーティーあっての英雄だ!」「た、確かに」「武器屋を買っときゃ、パーティーメンバーの武器には事欠かない。上手く商売すりゃあ、ここで利益だって出せるんだぜ?」
「ま、マジで? ケドこの武器屋あんまり評判が……?」
「何言ってやがる! この武器屋はオレで八代も続く由緒正しき店だぜ? そこいらの名ばかりの武器屋と違って、防具なんざ一切扱ってね~スジ金入りの本格派だ!」
「それじゃ防具はどうすんだ? 武器よりも金がかかりそうだケド?」
「防具なんざ、腕に自信の無い冒険者の着るもんさ! 覇王パーティーだって、剣や弓は名のある銘品ばかりだが、防具は大したことねえって話だぜ?」「そうなのか?」
親父は、自分にとって都合の良い情報ばかりを並べ立てた。
「品揃えだって、この通りバッチリよ! このハンマー・オブ・クライシスなんざ、かなりの希少品(レアモノ)だぜ!」「ホントか? すげー!?」
蒼髪の少年が目を輝かせている後ろで、野次馬たちが呟いた。
「クライシスって、『危機』って意味じゃねえか? あのハンマーぜってー呪われてるぞ!」
「このクロスボウ・オブ・フィアーも棄てがたいんだなぁ?」
「直訳すると『恐怖のクロスボウ』だよな? ただの欠陥品じゃね~か!」
親父が店の品を手に取るたびに、野次馬たちは引きまくった。
「ウチの爺さんが言ってたぜ。ここの武器屋は主人の目利きが酷くてさ。ごく稀にレアアイテムが出るって程度で、よほどの鑑定眼でも無ければ手を出すな……とかよ」
しかし、そんな野次馬たちの酷評を他所に、交渉は纏まりつつあった。
武器屋の親父は決め手として、昼間に六人パーティーが興味を示した剣を少年に握らせる。
「そしてウチの最大の目玉が、この『ジェネティキャリパー』だッ!」
『銘』は即興で付けた。
銘があった方が、ハクが付くと考えたからだ。
「……カ、カッケー! 凄いぞ、武器屋の親父。確かに見たコトも無いカタチだ!?」
親父は、八代にも渡って売れ残り続けたガラクタ剣を、交渉の切り札にしたのだ。
「見た目も独特だが、能力もハンパね~ぜ? こればかりは、商品として売るんじゃなく、お前さんが使った方がいいかもな? ま、決めるのは店主(マスター)であるお前さんだがよ?」
「オレが武器屋のマスター!? ようし、買ったぜ! この武器屋は今日からボクのモノだ!!」
店主となった武器屋の前で、ガラクタ剣を天に掲げる舞人。
周りから、一斉に同じ台詞が沸き上がる。
『……ある意味、勇者だ!!』
その日から『ある意味勇者の伝説』は、街中に鳴り響いた。
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