ザ・ステューピッド(間抜け)
「結局、ロングソード・オブ・カーズと、ナイフ・オブ・シックが一本ずつだけかよ」
夕刻になり、客の流れは既に武器屋から、食べ物や酒を振舞う屋台へと移っていた。
「あ~あ、それにしてもこの剣、売れね~なぁ? 確か曾爺さんの、そのまた曾々爺さんの話じゃ、名のある伝説の剣って話らしいんだが……やっぱ怪しいかなぁ?」
親父は自分の家系に流れる、あこぎな商売人の血を心得ていた。
「この漆黒に黒光りする、無骨でゴテゴテとした重厚感! 他の剣とは明らかに、一線を隔すんだがな~? 刃もね~しよォ?」
何代にも渡って売れ残ってきた剣に、何かしらの魅力も感じていた親父は剣を夕陽にかざし、角度を変えながら何度も吟味する。
「おい。あの親父まだ未練がましく剣を見てるぜ?」「ただのガラクタだってのによォ!」
少しばかりの酒が入って、ほろ酔い気分の野次馬連中が陰口を叩いた。
「さっきのパーティーも、大したことね~な?」「あんなガラクタに目を向けてる様じゃね」
親父が、苛立ちの満たされた眼光を向けると、うだつの上がらない冒険者たちは、蜘蛛の子を散らすように雑踏の人ゴミへと消えていった。
「ケッ、ド素人どもが! あのパーティーの指し物は、どれも一級品だったぜ。もしかしたらアイツら、本物の覇王パーティーだったかもなあ?」
武器屋の親父は一瞬だけそう思ったが、直ぐに冷静で現実的思考に切り変わる。
「……ま、天下の覇王パーティーが、こんなしがない田舎街に来るハズもね~か?」
大きな溜め息を吐き出すと、商品である武器を一振りずつ丁寧に片付け始める。
すると親父の目に、夕暮れの雑踏を歩く一人の少年の姿が写った。
「お? ありゃあ、蒼髪の『ザ・ステューピッド(間抜け)』じゃねえか?」
武器屋の前を歩いていたのは、昼間に六人パーティーに語った、蒼い髪の少年だった。
「ククク……普段ならあんなヤツ、相手にもしねえところだが……少しからかってやるか?」
親父は商売が低調だった腹いせを、一つこの少年にぶつけてやろうと考えたのだ。
「ようよう! 『ザ・ステューピッド』の兄ちゃんよォ? 景気はどうだい?」
蒼髪の少年は最初、自分に話を振られたコトすら気づかなかった。
周りの酔っぱらいも、少年の様子を見て楽しんでいる。
「悪りィ悪りィ、お前さんに聞くだけ野暮って話か? 教会の孤児で、いつも金が無ェモンだから、サロンじゃなくインクでご自慢の蒼い毛を赤く染めちまう、お前さんにはよォ?」
「な、なんだとォ!」
やっと自分の事だと気付いた少年は、表情を歪める……が、直ぐにニッと笑った。
「それがそうでも無いんだなあ。今のボクは!」
親父や酔っぱらいたちは一瞬、少年の意外な反応に驚いた。
けれども直ぐに、それが少年のいつもの妄想癖だと感ぐって、嘲る口調で言った。
「ほォう? それはそれは」「で? どう違うってんだい?」「ケヘへ」
親父の大声に釣られた野次馬たちも、ヘラヘラと薄ら笑いを浮かべて少年を見ている。
「ムカつくぜ……だがまあいい。今のボクは、最高に幸運(ラッキー)なんだ!」
少年は颯爽と、ボロボロのマントをひるがえす。
けれども武器屋の親父は、六つに割れた腹筋を抱えて笑い転げ、酔っぱらいたちのテーブルを叩く衝撃で、ジョッキの酒がこぼれた。
「こりゃ傑作だ! 金も無くて毎日腹を空かしてるクセに、自分を赤毛の英雄だと勘違いしてる、哀れで痛いお前さんの、どこがラッキーだってェんだ?」
「フン、信じたくなきゃ別にいいさ! でも今のボクは、こんなしがない露店の武器屋なんて、商品ごと全部買い占められるくらい金持ち(リッチ)なんだぜ!」
少年の言葉に、酔っぱらいや野次馬から嘲りの声が上がった。
「ギャハハハハ! コイツ、ついに頭までおかしくなったか?」「店主の言う通りだぜ!」「天下七剣を持つ赤毛の英雄サマなら、さぞや金持ちなんだろうがよォ?」「貧乏なお前が、大金を持ってるだぁ?」「だったら、とっとと出せよ?」「オラ、出せるモンなら出してみやがれ!」
少年は、薄汚れた笑いに周りを取り囲まれた。
「ああ……今出してやるよ。だが、コイツを見も笑ってられるかな?」
少年はマントから布袋を取り出し、武器屋のカウンターにドサッと置いた。
「お……おい?」「こ、これって……中身は!?」
ジャリジャリと心地の良い音を立てて、ゆっくりと崩れ落ちる布袋。
「あ……開けるぜ?」親父は慌てて、袋の口を縛っていた紐を緩めた。
袋の中身を救い上げると、『眩い黄金色の輝き』が、無骨な手から零れ落ちる。
「おおお……すげえ、金貨だ!」「けっこう入ってるぞ? 全部でどれだけ入ってんだ?」「二千万ダオーは下らないんじゃね~か?」「それって、パーティー全員の装備が全身整う額じゃ……」
一通りの驚嘆やら感嘆やらが収まると、一同は一斉に蒼髪の少年を見た。
「ど……どうしたんだ、こんな大金!」「オメェ、まさか?」
皆が少年の表情から『少年が大金を得た真相』を探り出そうと試みる。
「残念ながら、盗んだワケでも、ましてや詐欺や犯罪を犯したワケでも無いぜ?」
蒼い髪の少年は、得意げな表情で周りを見渡した。
「『チャリオッツ・セブン』って知ってるか? たまたま買った五枚のクジが幸運にも当たったんだ! しかも、前後賞まで全部なあ!」
マントの下に装備した新品の革鎧を、見せびらかすように胸を張る少年。
「チャリオッツ・セブンっていやあ、前後賞を合わせりゃ、最高八億ダオーのクジだろ?」
「そいやあ前回、前々回とキャリーオーバーだっけ?」
その場にいた全員が、金の出所と共に、少年が真に『幸運』であることも同時に理解した。
「オ、オレも毎回買ってるが、ぜんっぜん当たらないぜ!」
「オレなんか、あまりにも当たらないんで、最近は買うの止めちまってたよォ!?」
「クソ……貧乏人がいきなり億万長者かよ!」「いいなあ。オレもまた買おうかな?」
周りから嘲りの声は消え、代わりに羨望の眼差しが注がれる。
「『ザ・ステューピッド(間抜け)』……いや、お客さんよ? アンタ名前は?」
武器屋の親父は、少年の『あだ名』しか知らなかった。
「ボクの名は舞人! 『因幡 舞人』だ!!」
少年は英雄になった気分で、高らかに名乗りを上げる。
だが、後に『蒼き髪の英雄』と呼ばれる彼もまだ、真に『英雄』の『意味』を知らなかった。
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